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「愛と直江兼続」

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愛染明王(あいぜんみょうおう)

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敬愛法の本尊であり愛欲を本体とする仏であるが、四魔(五陰魔・煩悩魔・死魔・天子魔)を破る武運の神でもある。レイに神憑(かみがか)り、訶梨帝と戦う。

名台詞
「無邪気こそ純粋な愛!! 純粋な愛に染まってこその母なのだ!! されば愛染の光なりッ!!」

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直江兼続(なおえかねつぐ)
(1560―1619)

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戦国期~近世初頭の武将。越後(えちご)上田(うえだ)城主長尾政景(ながおまさかげ)の家士、樋口(ひぐち)氏の長男で、幼名与六。22歳のとき、上杉家の重臣で与板(よいた)城主直江氏の嗣子(しし)となる。23歳で山城守(やましろのかみ)を称し、越後の戦国大名上杉景勝(かげかつ)の執政として、検地総奉行(そうぶぎょう)、蔵入地(くらいりち)奉行のほか軍事面でも大きな手腕を振るった。1598年(慶長3)、上杉氏の会津移封の際は6万石(米沢(よねざわ)城主)の知行(ちぎょう)を与えられ、1601年(慶長6)、関ヶ原の戦いで減封となった米沢藩(30万石)上杉氏の執政としても藩政確立の総指揮にあたった。治政・軍事両面で知将として知られ、好学の武将として有名。漢詩を詠み、朝鮮出征を機に漢籍を収集し、直江版とよばれる出版事業をおこした。米沢には、学問所禅林寺を創建している。
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