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中共よ、これを見よ!「尖閣は日本の領土」である動かぬ証拠

沖縄・九州防衛プロジェクトから、「尖閣は日本の領土」である動かぬ証拠が提示されました。

転載:

「尖閣は日本の領土」である動かぬ証拠

http://bouei7.blog.fc2.com/

「尖閣諸島は中国の領土である」と主張する中国は、武力行使も辞さない強硬な構えを見せています。

しかし、尖閣諸島はまぎれもなく日本の領土であり、かつては中国もそれを認めていた事実が、石垣市にありました。

大正8(1919)年、中国福建省の漁民が海で遭難し、尖閣諸島に漂着しました。
彼らを救助し、手厚く看護したのは、当時の石垣村の人々でした。

当時の駐長崎 中華民国駐長崎領事は、救助にあたった石垣村の玉与勢孫伴(たまよせそんはん)氏に宛てて、感謝状を贈っています。

沖縄・九州プロジェクトでは、実際にこの感謝状が保管されている、石垣市立八重山博物館を訪れ、
その貴重な写真をいただいてまいりました。

下の写真が、石垣市立八重山博物館に所蔵されている、中国から当時の石垣村の村民に贈られた「感謝状です」

その文面には、漁民が漂着した尖閣諸島を『日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島』と表記されていて、尖閣諸島が日本領であることを、中国も認めていたことがわかります。
これは、尖閣諸島が日本領であることを証明するのに十分な証拠資料です。


玉与勢氏に贈られた感謝状(石垣市立八重山博物館所蔵)
201207100248091ecs[1]

いち村民に、これだけ丁寧な感謝状が贈られているのならば、
きっと当時の村長にも、同じような感謝状が贈られているのではないか。

そう考えたのは、石垣市の玉津博克教育長でした。

そこで、玉津教育長は、当時の石垣村の村長、豊川善佐氏の子孫の方にお願いし、自宅をくまなく探していただいたところ、なんともう1枚の「感謝状」が、ごく最近、発見されました。

それが、こちらの2枚目の感謝状です。

※豊川村長に宛てられた感謝状(石垣市立八重山博物館所蔵)
2012071003044577cs[1]

文面は、1枚目の玉与勢氏に宛てたものと、ほぼ同じです。


感謝状

中華民国八年冬 福建省恵安県漁民
都合順等三十一人遭風遇難飄泊至
日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島
内和洋島承
日本帝国沖縄県八重山郡石垣村長 
豊川善佐君熱心救護使得生還故国
洵属救灾䘏〓当仁不譲深堪感佩特
贈斬状以表謝忱

この二枚の感謝状は、石垣市の文化財として指定されています。

外交官である駐日領事が、中国領を誤って日本領と誤認することなど、あり得ません。
このことからも、尖閣諸島の領有権を中国が主張し始めたのは、尖閣諸島近海に豊富な海底資源が発見されてからのことであり、それまでは「尖閣は日本の領土」と、中国政府(当時の中華民国)自身が認識していたことは明らかです。
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