「シンボルとしてのCO2」

「シンボルとしてのCO2」とは、

多湖敬彦 著『日本発 次世代エネルギー 挑戦する技術者たち』には、こうある。

だが、地球温暖化論に対するこれだけの疑念を呈した上で、あえて主張したいのは、やはり京都議定書の精神は尊重すべきだということである。
 
仮に人為的なCO2排出が地球温暖化と無関係だとしても、またそもそも現在の温暖化自体がごく普通の自然現象にすぎないとしても、京都議定書の精神は尊重しなくてはならない。

CO2は今や科学的な事実というより、一つの「意味」だからである。

CO2は二十世紀文明を特徴づける「大量生産、大量消費、大量廃棄」のシンボルである。

これまでの文明のあり方に地球規模で歯止めをかけようとした点で、京都議定書は画期的だったのである。

数十年の平均気温の変化と関係がなく、産業革命以降、CO2は増大を続けている。

その中には化石燃料の大量使用も含まれているだろうし、森林破壊も含まれていよう。

おそらくこのままCO2が増大する生活を増大する生活を続けていたら、悪いことはあっても良いことは起こらない。

これは正当な憂慮である。

地球環境の悪化を、さしあたりイメージの強い温暖化と言い換えたいものが京都議定書だとするのなら、地球環境の悪化を食い止めようとする精神は尊重すべきだろう(“環境の商品化”の道を開いた罪はおくとして)。



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