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「グワイヒア」

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グワイヒア(Gwaihir)は、J・R・R・トールキンの中つ国を舞台とした小説、『ホビットの冒険』『指輪物語』の登場人物。

鷲の王。別名を風早彦(The Windlord)と言う。

霧ふり山脈に住む、『指輪物語』の時代の鷲の長。エルフ*1とガンダルフ*2の友。


*1エルフは人間と似ているが、人間ではない種族。

*2灰色のガンダルフ は魔法使(イスタリ)の一人。

『ホビットの冒険』では霜ふり山脈のゴブリンと森に住むワーグに追い詰められたビルボら一行を救出した。

『指輪物語』では三度ガンダルフを運んだ。

一度目はサルマン*3により閉じこめられたアイゼンガルドからエドラスへ。


*3サルマンはイスタリの長であり、白のサルマンと呼ばれ、最も力を持っていた。

二度目はバルログ*4と戦って倒れたケレブディルの頂からロスローリエンへ。

*4バルログは「力の悪魔」を意味を持つ怪物。

三度目はコルマレンの野から滅びの山に取り残されたフロド・バギンズ*5とサム・ギャムジー*6のもとへ。

*5フロド・バギンズは『指輪物語』のホビット族の主人公。

*6サム・ギャムジーは「指輪の仲間」の一人で、フロドに仕えるホビットの庭師。

マンウェ*7はオローリンを中つ国へと送り出し、その危機を救ったのはマンウェの創造した鷲だった。

*7マンウェは、『指輪物語』、『シルマリルの物語』の登場人物。

世界を形づくった諸力ヴァラールのうち、創造神エルの考えを最もよく理解するものであり

中つ国を含む全世界アルダの長上王。大気と風を司ることから、「風を吹かすもの」を意味する。
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「ヘルメス・トリスメギストスそしてエル・カンターレ」

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『ヘルメス文書』は、三倍偉大なヘルメス、ヘルメス・トリスメギストスの教えだと言われています。基本的に『ヘルメス選集(コルプス・ヘルメティクム)』(「ヘルメスの聖なる教え」「ポイマンドレース」「クラテール」など18種の宗教的・哲学的な教えが中心の文書群)、『アスクレピオス』(宗教儀礼的な教示が中心)、『エメラルド・タブレット』(錬金術書の古典で天と地の照応説あり)からなるそうです。

さて、ヘルメス文書は、アスクレピオスという医術の神の名の書物も含みます。

医学の父と呼ばれてるギリシャの医師ヒポクラテスは、神官でありヒーラーでした。この時代のヒーラーたちはギリシャの健康の神、アスクレピオスの弟子です。一匹の蛇が絡みついた「アスクレピオスの杖」は、今でも多くの医療機関で、シンボルとして使われています。聖職者であったヒーラーたちは、心と体、そして魂を含めた人間全体の治療を職務としていました。

近年まで、医学校の卒業式ではヒポクラテスの誓い(紀元前420年頃成立)を宣する義務がありました。

「医術の神アポロン、アスクレピオス、諸神にかけて誓います。。。」

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第10章 時間の鍵

おお人よ。

光こそ、汝の達成せんとするゴールなるを忘るるなかれ。

常に汝の道にて光を求めよ。

しからば、そのゴールは汝の為に永続して、消え失せることなからん。

汝の心を暗黒に向けるな。

汝の魂を光とせよ。

途上の一つの太陽とせよ。

汝、知れ。

永遠なる輝きの中にて、汝は常に光の中に、かくれし汝の魂を発見せん。

汝の魂は断じて暗黒に束縛さるることなく、常に大なる「光」の太陽を輝きだす。


第11章 上と下の世界への鍵

汝の魂を高く飛翔させよ。

たえず上にのぼらせ、夜の束縛と足枷より自由となれ。

汝らの目を空なる太陽にあげよ。

汝らの為に太陽を生命のシンボルとなせ。

汝らは自由とならば、大なる太陽として、汝らの世界にては完全なるものなるを知れ。

断じて暗黒を覗くなかれ。

汝の目を上なる空間にあげ、汝の光を上に燃え上らしめよ。

然らば汝は光の子とならん。


第12章 原因・結果の法則

おお人よ、我が智恵の言葉を聞け。

アトランティス人なるトスの声を聞け。

我は時空の法則を我がものとし、未来の知識を得たり。

時空を貫きて動く人間は、常に万物と一体となるを我は知る。

おお人よ、知れ。

未来の全ては、それを読み得る者にとっては、開かれた書物となる。

あらゆる結果は、その原因より生ずる。

あらゆる結果は、第一原因より育つものなればなり。

汝、知れ。

未来は固定せるものならずして、原因が結果を生ずる故にさまざまなり。

汝が生み出す原因を見よ。

さすれば汝は必ず、あらゆる結果なるを知らん。

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                     『エメラルド・タブレット』 M・ドウリル編著 田中恵美子訳

「伝道の旅“景教”とは何か(十字金剛杵)」

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キリスト教は、ローマン・カトリックの流れのみが伝えたものではありません。なぜなら、イエス・キリストには弟子が少なくと12人以上はいて、『伝道の旅』に出たのだから...

1549年、キリスト教が日本に伝来。「いごよく広まったキリスト教」と、試験勉強で覚えた数少ない年号です。フランシスコ・ザビエルが九州で布教を行ったのがこの年とされています。

しかし、ザビエルが日本に行く以前から、日本にはすでにある種のキリスト教が伝えられていたと、ザビエル自身が考えていたそうです。ザビエルは、マラッカ(マレーシアの港町)で日本人・弥次郎(アンジローと呼ばれていた)に会い、日本の宗教や風習についていろいろ聞きます。そして、日本では仏教というものが信じられているけれども、よく聞いてみると、日本の仏教は様々な面でキリスト教に似ている、また混合していると気づくようになります。また弥次郎から、日本のある大名は“十字架”のマークをつけている、ともザビエルは聞きます。そのほか様々なことを聞いて、ザビエルは確信を抱いたそうです。

12弟子の一人『バルトロマイ』は、ヒエロニムス(聖書学者、教父)の記すところによれば、インドに伝道に行き、最後はアルメニアのアルバノポリスで死んだとしています。バルトロマイは、アッシリア方面に伝道に行ったそうです。

使徒『トマス』も東に向かい、インドに行きました。トマスはそこで殉教したと言われています。
 
使徒『タダイ(アラム語でアダイ)』は、アッシリヤ地方の古都エ(オ?)デッサ(現ウルファ、トルコ南東部)や、パルテヤ地域(カスピ海南東)に福音を伝えました。4世紀の歴史家が、過去の文献を引用してそう記した文章が残っているそうです。
 
その後、エデッサは【東方キリスト教】の中心地として栄えました。また5世紀になると、「景教」(ネストリウス派キリスト教)と呼ばれるキリスト教の一派も、このアッシリヤ地域で栄えました。そしてさらに東方へ広がっていったのです。

彼らは中国に達し、またそののち、日本にもやって来ました。

景教:光り輝く教えの意。東ロ-マ帝国のネストリウスの開いたキリスト教の一派。唐代、中国に伝わった。唐の王室が保護したために盛んになったが、唐末に至って、殆ど滅亡。後また、蒙古民族の興隆と共に興ったが、元と共に衰減。

大秦寺:中国、唐代のキリスト教ネストリウス派(景教)の寺院の名称。この宗派の本拠地ペルシア(大秦)の名を採ったもの。長安などに建てられた。

大和飛鳥時代→遣唐使→正倉院の西域宝物、渡来系氏族帰化→秦氏→京都開拓、京都太秦寺。

その景教に関係あるものが、真言密教の総本山「高野山」にあります。

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高野山の景教碑は、 現在中国の西安市の博物館に保存されている 「大秦景教流行中国碑」のレプリカ(複製品)。

高野山に景教碑のレプリカを建てたのはE.A.ゴルドン夫人という女性です。

1851年イングランドに生れ、日本の文化を愛し、様々な日本を援助する活動を行いました。 また日本に長期間滞在し、仏教の研究をしました。 仏教もキリスト教も元は一つであるという「仏基一元」の考えが夫人の研究テーマでした。「大秦景教流行中国碑」の複製を高野山に建てたのも、その研究の一環で、夫人は唐で学んだ弘法大師が景教にも関係を持っていたと信じていたようです。京都で亡くなった夫人の葬儀は京都東寺で仏式によって行なわれ、その墓は高野山、景教碑の隣に建てられました。

空海は生まれ(讃岐の佐伯一族)から、景教(渡来系氏族帰化)とも縁が深かった。高野山僧侶は十字(東方十字)をきる。唐に留学した時も景教エリアに住んでいた。

弘法大師は、仏教顕教、密教、そして景教(東方キリスト教)もベースに持っていたのだから、日本型の天才と呼ばれていても不思議はありません。

しかしながら、キリスト教は既に、日本へ、フランシスコ・ザビエル以前に伝えられていました。

歴史上、有名でなくとも、【伝道の旅】は続けられています。

「体験談検索」

http://www.kofuku-no-kagaku.or.jp/magazine/episode/index.html

ここの体験談検索は、月刊「幸福の科学」、「ザ・伝道」、「ヘルメス・エンゼルズ」、「ヤング・ブッダ」の中で、掲載されたものです。

あなたも気になるキーワードで、素晴らしい体験談を探してみませんか。

以下が一例です。


修羅の世界にいた私にさしのべられた仏の救い(男性・36歳・建設業勤務)

「永遠の生命」を信じて人生が変わった!

「たとえ地獄に堕って、そこでもオレは、うまく立ち回っていくぞ」。

今から9年前、暴力団の組員として抗争の日々を送り、殺すか殺されるか、という世界に生きていた私には、そんな不遜な思いがありました。

私の人生は、ギリギリのところで救われたのです。まぎれもなく、「仏の導きと教え」によって。


19歳で暴力団へ

思い起こせば、幼い頃から親が手を焼く子どもでした。片時もじっとしていられず、やんちゃばかり。
そんな私を母は躍起になってしつけ、私はますます反発していったのです。

反抗的な幼少期を過ぎ、中学生になる頃には典型的な不良少年に。
高校生になると、金髪に短ランという改造制服姿で、仲間とバイクの暴走行為に明け暮れていました。

そして、まともに通うこともなかった高校を2年で中退すると、遊び友達の兄貴分から誘われて、都内にある指定暴力団の構成員になったのです。


懲役7年の実刑

上下関係のある組織に入ったことで、逆に真面目になったような気持ちでいました。顔を売って、風俗店や博打事でみかじめ料をとったり、私をアニキと慕う弟分ができたりすると、何か偉くなったような気になったものです。分不相応なケタ違いの金を手に、浴びるように酒を飲み、その挙句に暴力沙汰を起こし…。生活は荒んでいきました。

そんな時、暴力団同士の大きな抗争が起きたのです。「組の看板がかかってる。頼むぞ」。兄貴分から拳銃を渡され、誇らしさでいっぱいでした。「オレは選ばれた」、と。
そして発砲事件を起こし、銃刀法違反で逮捕されることに。誰かにケガを負わせることはなかったものの、懲役7年の実刑が確定。26歳の時でした。


そして、独居房に

送られた刑務所には、前科十数犯という再犯者が多く収容されていました。並みいる強面の中で、「なめられてたまるか」とばかりに、他の受刑者を威嚇したり、言葉尻を捕らえていちゃもんをつけたりと、気の休まることのない日々を送り始めたのです。

(刑期を終えれば、オレだって幹部だ)とヤクザの世界での栄達を心の支えにしていましたが、面会に来る組の人間が語る外の話に、取り残されていく焦りも感じていました。
その苛立ちは、刑務所内で暴力事件を起こすという形で爆発。独居房(どっきょぼう)に入れられたのです。

三畳一間にトイレ付きの独居房では、冷たい床に膝をついた姿勢で、長時間の反省を要求されます。

(こんなに薄暗い場所で、オレはいったい何をしてる?)。
自問自答を繰り返しました。そして、どうして自分がこんなに激しい性格なのかを考えていました。

(人を殺すか殺されるか、自分はどうしてそういう極端な人生を歩んでいるんだろうか。仕方がないと思っていたけど、この悲しさはなんだ――)


仏法真理との出会い

許された時間の中でつづる日記には、何度も「人間になりたい」と書きなぐりました。

そんな日が、3カ月ほど続いた頃でしょうか。ふと見上げた小さな窓から、流れ行く雲が見えました。じっと見ていると、雲がみるみる龍の形になっていったのです。

なんとも言えない神々しさに打たれ、思わず両手を合わせていました。

不思議な体験をした翌日。新聞を見ていて、書籍のランキング上位に紹介されていたある本に興味をひかれた私は、何か予感めいたものを感じて、取り寄せてみることにしました。

それが、大川隆法先生の著書『奇跡の法』との出会いでした。

(これは、今までの本とは違う)。

そこには、武士道や論語などを読んだ時に感じた、「いいな」という思いとははるかに次元の違う、「何か」がありました。他の本も読みたい!と、強烈に願ったことを覚えています。
刑務所では月に6冊まで本を買えます。それまでは時代小説なども好きで読んでいたのに、全部大川先生の本にしました。


強奪の人生

まず、衝撃を受けたのは、『太陽の法』に書かれてある、「愛に生きなさい」という教えでした。「ほんとうの愛」が、「与える心」にあると知り、私は驚きました。ヤクザの世界でも、「義理」とか「義侠心(ぎきょうしん)」というものはあり、自分はそれを大事にしてきました。ゆえに、下の者に慕われ、上の人にはかわいがられていました。

(それは結局、上にはかわいがられ、下からは尊敬されたい、という欲のためにしていた「にせものの愛」じゃないか――)。

 自分のやっていることが悪だなんて思ってもみませんでした。しかし愛を与える側の価値観を知ったことで、私は気づかされたのです。自分が行ってきたことは、暴力や組の力によって、人を怖がらせて生活の糧を奪う、まさに強奪する人生だったと。 


アングリマーラのように

「ほんとうの愛」と、自分の考えていた愛や思いやりの落差に、私は苦しみました。

しかし、『大悟の法』に登場するアングリマーラの話に励まされました。

昔、インドでアングリマーラという大悪人が仏陀に出会い、修行して過去の悪業(あくごう)を清算して変わった(最終的に阿羅漢(あらかん)となった)というお話です。

もちろん、自分は人を殺したりはしていません。しかし、あの生き方は間違いなく自分そのものだと――。アングリマーラは自分にとって目指すべき理想となりました。


光の玉が目の前を

そうして何冊か大川先生の本を読むうち、本に書かれている、反省や禅定についても取り組み始めました。座禅は、最初の5分位、我慢すれば不思議と冬でも寒さを感じませんでした。消灯時間を過ぎても、暗闇の中で、こっそり座禅をして過去の反省に取り組みました。

ある日、静かに姿勢を整えて目を閉じると、掌(てのひら)くらいの光の玉が目の前をいくつも通り過ぎていく感覚を味わいました。

そのうち、10代の頃からの人生が見えてきました。不良行為を続ける自分を諌(いさ)める母親の言葉と泣き顔。身体能力を買って運動部に入るよう勧めてくれた先生。無茶な運転でバイク事故を起こした時は、彼女や仲間が駆けつけてくれた――。

(こんなにたくさんの人が、自分のことを思ってくれていた。オレのために泣いてくれていた…)。
涙がこぼれ落ちて、どうしようもありませんでした。

(なんて自分勝手な――。支えてくれる人が泣いていても、自分の欲望を達成するためだったら傷つけてもいいだなんて、なんて多くの人を傷つけてきたんだ)。

悪い心を克服して、必ずやり直してみせる
――私は、そう心に誓っていました。

10冊近く読んだところで、「信仰」という感覚に目覚め始めました。

(出所したら、必ず更生してみせる。そして必ず幸福の科学の会員になろう)


アウトローな思いとの葛藤

「すべての人は皆、心に仏性(ぶっしょう)を宿し、この世で魂修行をしている存在である」。この仏法真理の世界観は、私の周囲への接し方を劇的に変えました。

ここにいる人たちは、身から出た錆とはいえ、更生しようと頑張っている人たちです。「どっちが力があるか」などと争うこと自体、ばかばかしいことだと思うようになりました。

それよりも、仏の教えを学ぶ感動を、一人でも多くの人と共有したくなりました。刑務作業の休み時間になると、周囲の人をつかまえては、本の感想を伝えたり、読むよう勧めました。そのうち、「こういう生き方をしたいね」などと話せる人が出てきて、本当に楽しかったです。

けれど、現実に目を向ければ、私は相変わらず暴力団員の服役囚でしかありません。
いくら真理の書を読んでも、出所した後も、裏社会の方法で生活の糧を得たいというアウトローな思いは消えません。自分の中にある悪に通じる心、それに、すぐカッとなる性格も、簡単には変えられそうもありませんでした。


130回読んだ『仏陀再誕』

ある時、(大川先生の本を精神安定剤として読むだけではだめだ。自分の心を直したい)という思いが湧いてきました。そこで美しい文体に感動した『仏陀再誕』を100回読むことにしたのです。

はじめは"大男のたとえ"の話などは子ども向けの話かと思いましたが、読めば読むほど深い内容だと気づきました。(まるでコントロールできない自分の心みたいだ)と。経典に無駄な言葉は一つもありません。しかし100回読んでも、「まだ、変われていない」という気持ちは消えませんでした。

そんな時は、「本人は現状を不本意に思って退転するのかもしれませんが、私は『もう少しなのに、惜しいな』と思って見ているのです」(『幸福の革命』)という大川先生の言葉に励まされて、読み続けました。

結局、130回読みました。その頃には自分でも柔らかい雰囲気が出てきたように思え、気がつけば、統御できなくてあきらめかけていた怒りの心があまり出なくなっていたのです。出所後、もっと違う生き方が出来るんじゃないか、という思いも芽生えてきました。誰も傷つけない人間になりたいと――。


“カタギ”になる強い決意

刑期を終える頃、私をアニキと慕う服役中の弟分たちに言いました。「お前らが願っていることは、もうオレにはできない」と。そして出所後、迎えにきた組の者に「カタギになる」、ときっぱり伝えたのです。

出所後、私は、組での栄達を約束された、胸を張れる立場にありました。ですからその決意表明はある意味で、裏切りを意味しました。私はその場で組織から離れることになったのです。


精舎に入れない焦り

出所後は、大型免許を取得し、トラックの運転手を始めました。

会員になりたくて、幸福の科学の精舎や地元の支部に何度も行きました。でも、なかなか中に入れません。東京正心館も2回行きました。栃木県にある総本山・未来館や総本山・日光精舎にも行きましたが、結局、車で前を通り過ぎてしまいました。所用で四国を訪れた時、偶然にも聖地・四国本部精舎に遭遇しましたが、周囲をまわるばかりで、外観を携帯電話のカメラで撮ったりして帰ってきてしまいました。

だんだん、焦ってきました。(これ以上離れたらまた前の世界に戻ってしまう。でも、自分のような者が、支部や精舎に行っていいものなのか)。迷ううちに、日は流れていきます。意を決して、地元の支部を訪問したら休館日。正直ほっとしました。そして出所して1年後、3回目でようやく支部の門をくぐることができたのです。


幸せな時間の中で

お願いして、その日のうちに入会させていただくことができました。そこに至るまでの経緯を、支部長や集っていた先輩信者の方々に、洗いざらい話すと、感極まりました。それから一カ月間、定期券を買って毎日支部へ通ったのです。

朝は祈りから始めて、御法話ビデオを拝聴。そして作務(さむ)をしたり、法友と学び得たことを話したり。それは幸せな時間でした。支部の誰もが私の過去を知っているのに、差別するでもなく、心の修行を誓い合った仲間として、あたたかく受け入れてくれたのです。


「この方が私の主なんだ」

入会してから3カ月後、思いがけないことがありました。東京正心館で行われる総裁先生の御法話「愛・自信・そして勇気」を直接拝聴する機会が与えられたのです。

前日はドキドキして眠れませんでした。恥ずかしい話ですが、もし、主が普通の人間に見えたらどうしよう、と不安だったのです。

しかし、主が登壇され、言葉を発された瞬間、そうした杞憂(きゆう)は吹き飛び、すうっと涙が流れてきました。(やっぱり、この方が、私の主なんだ。エル・カンターレなんだ!)という強い確信がこみ上げてきたのです。


「過去清算の秘法」

しかしその後、御法話を拝聴して感動した心と、日々の生活の中でかかってくるストレスや、時折わいてくる悪なる心のギャップに、私は苦しみ始めました。

今こそ、精舎で※『 過去清算(かこせいさん) の秘法』―特別灌頂(かんじょう)―を受ける時だと思いました。支部長に相談したら、秘法を受ける前までに『若き日のエル・カンターレ』の4、5、6章を精読することを勧められました。主のあれほど素晴らしい生き方の中でも、反省の時があり、「二度死んだ」と書かれていることに、深く心を動かされました。

(とりあえず今の自分は切腹だ)と思いました。

案内の職員さんに「儀式のときは何も持たずにお入りください」と告げられ、「ああ、死にに行く自分には何もいらないな」と思い、身一つで向かいました。

儀式を終え、主への感謝を捧げた時、(醜かった私も、今の私も、同じように主は愛してくださっていたんだ)ということを体感しました。その主の思いが、胸に伝わってきた瞬間、涙が止まらなくて、周りをはばかることなく嗚咽(おえつ)してしまいました。それほどの主の愛を感じたのです。

(※)「過去清算の秘法』―特別灌頂―…罪の多い人生を悔いている人が、主より許しを与えられ、光に満ちた人生を歩んでいくための秘法。


与えられた生命を輝かそう

私の心の修行は、始まったばかりです。

まだまだ反省は苦手ですし、広大無辺な仏の教えは生涯かけても学び切れないでしょう。しかし私には、手取り足取り導いてくれ、支えてくれる法友がいます。

この頃は、町を行き交う人の顔を見ても、(あの頃の自分のように、心に激情を秘めて苦しんでいる人がいるのでは)と、胸が痛むようになりました。かつての仲間にも、仏の教えを伝え続けています。「よくやるよ」という反応もありますが、私の変化に驚き、仏弟子となった方もおられます。

私の人生を、「波瀾万丈だね」という方もいるでしょうけれど、ただ、欲望に振り回されていただけのことだったのだと今は思えます。

これほどの教えを学んでいながら、ただ悪が消えただけではだめだと思うのです。修羅の人生から救ってくださった仏には、どれだけ感謝してもしきることはできませんが、与えられた生命(いのち)を精一杯輝かせていきたいと心から誓っています。



――月刊「幸福の科学」第253号より

空母「ジョージ・ワシントン」の公開無料見学会

12月6日は、横須賀基地で空母「ジョージ・ワシントン」の公開無料見学会があったので
友人と行ってみました。神奈川新聞の報道によると、参加者は2万9千人だったということで、とても関心が高かったのだと思います。

横須賀基地の入口で、空港のような荷物チェックを受けました。「これから、身分証明書による、本籍チェックか」と思いました。一応ここは異国ですし、治外法権が適応されるはずです。ですが、あっさり入場OKでした。おいおい、スパイも入り放題ではないか(笑)。しかし、考えてみれば、2万9千人の身分をチェックするのは、大変なことです。

私たちは、歩く、歩く。基地はとても広いです。大雑把な迫力のあるハンバーガーのイイにおいがします。

そして、遠方に要塞のようなものが見えたので、気持ちが高ぶりました。

さらに、もっと、もっと近づく。やっと、搭乗できる場所にたどり着きました。

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漢字が目にありありと浮かびました。『圧 倒 的』。この言葉だけで、このレポートを終えても悔い無し。それほど『圧 倒 的』でした。

ここで友人の一人がこう言っていました。

『戦闘艦ということで、戦艦大和のように外側が装甲版で固めてあると思ったら、あちこちに巨大なメインテナンスハッチみたいな感じで四角い穴があって、そこから内部構造物が見えていました。「ああ、もうミサイルの直撃に耐えるという設計思想じゃないんだ」というのが、ひとつのショックではありました。爆発力も大きくなっているし、内部に戦闘機をかかえている以上、直撃を受けたら終わりなんだ。それよりも、いかにして直撃させないかに全力を尽くしているんだ。』

空母には護衛艦が付きますが、それで完全に守りきれるということはなく、その存在が、相手に、戦う気を起こさせないためのものと思いました。

存在がそのものが、抑止力であるような感じを受けた巨大空母でした。


さて、今日本人は国際情勢をどう捉えているのでしょう。とりわけ日本人が注意を払わなければいけないのは中国の存在です。

ウィキペディアでさえも、中国の軍事的な脅威論を示しています。

『20年連続2桁増で急増する軍事費、軍事費の内訳の不透明性、兵器や人員の実態の不透明性、核戦力の充実、冷戦時代におけるチベット、東トルキスタン、ベトナム等周辺諸国への侵攻・占拠行為、台湾や尖閣諸島の領有宣言、沖ノ鳥島の日本領有否定、数々の示威行為(人工衛星破壊・米軍空母至近での潜水艦浮上・日本の領海侵犯・日本の排他的経済水域での無断調査・台湾近海でのミサイル演習)により、中国脅威論が高まっている。

2006年のアメリカ国防総省の年次報告書では、軍事費の増大などを背景に「周辺諸国への潜在的な脅威になっている」と述べている。』

イギリス国際戦略研究所では「中国は2015年前後に日本に侵攻する」という研究発表を出しているそうです。

このことを考慮に入れると、このまま日本は無防備国家のままでいてはいけないし、専守防衛の備えをしてもいいのではないでしょうか。

いま景気が下を向いている今、景気対策と専守防衛を兼ね、日本は空母群を建造してはと思います。

ただし僕は、中国とも、北朝鮮とも戦争なんかしたくない。みんなと仲良くやりたい。でも現状、軍事なんかには関わりたくないは、甘い見通しです。

空母は、テロや海賊からシーレーンを守るための、大きな抑止力になるでしょう。


そして、話は空母見学会に戻ります。

行きも帰りも、見学者の人の波にもまれましたが、私はあることに気がつきました。テレビでよく報道された反対運動している人が全く見当たらないのです。これは何故でしょうか。

神奈川新聞の記事にはこうありました。

『GW配備に反対する市民グループは同日朝、京急線横須賀中央駅前などで、ビラの配布を実施。』

私たちが到着した11時過ぎや帰路時は、全く気配なし。

精神障害者への理解を深めるきっかけとして作られた映画「ふるさとをください」のビラはもらいました。

また別紙には、

『市によると、先月下旬からGW公開についての問い合わせが相次ぎ、4日までに7千件を超えた。基地対策課の担当者は「これまでも基地開放はあったが、こんな多数の問い合わせが全国から集中するのは初めて。関心の大きさを実感した」と驚いている。』

日本の人たちは、何か変化を感じ取っているのではないかと思い、帰路につきました。


「照魔の鏡」

人間の一生をすべて映し出すといわれる「照魔の鏡」

あの世にかえったときに誰もが見る、自分の一生を映し出す鏡のお話です。

心正しく生きることの大切さ、霊界の仕組みが、分かりやすく説かれています。



「麻生首相の政治評価」



マスコミ不況という言葉があります。

不況の原因が、マスコミの報道姿勢にあることもあるのです。

日本のマスコミが、正当に政治を評価しなければ、日本が何時まで経っても、世界のリーダー国家になることはないでしょう。

例えば、IMFに10兆円追加融資は、よい仕事だったと評価してもいいはずです。



【IMFに10兆円追加融資表明へ 首相、金融サミットで

2008年11月12日20時21分 asahi.com

麻生首相は14日からワシントンで開かれる金融サミット(G20)で、国際通貨基金(IMF)に新たに約10兆円を融資する考えを表明する。金融危機で財政難に陥った中小国や新興国に対するIMFの緊急融資を拡充するためで、外貨準備から資金を拠出する方向で調整を進めている。

日本は他国にも追加融資を呼びかけているが、日本単独でも実施する方針。

IMFの緊急融資制度の融資可能額は現在、約2千億ドル(約20兆円)ある。ただ、金融危機で打撃を受けているハンガリーに約157億ドル(約1兆5千億円)、ウクライナに約164億ドル(約1兆6千億円)の緊急融資を行うことを承認したほか、パキスタンなども要請しており、融資枠が足りなくなる可能性がある。

首相は10日、記者団に「GDP(国内総生産)が伸びる確率が高いのは、新興国の方だ。新興国が伸びるような状況を作れるように、IMFとして最大限努力すべきだ」との考えを示していた。 】

これに対して、衆院本会議で民主党議員が、首相が表明したIMFへの1000億ドル(日本円で約10兆円)の融資に関して、「原因と責任の大部分がアメリカにある金融危機に対して、なぜ、今日本が約10兆円もの巨額の融資を、IMFに対してしなければならないのか」と問題提起しました。日本の外貨準備高の約10%に相当する約10兆円も融資する根拠は何かを質問しました。

麻生首相は日本による融資の表明によって、十分な財源をIMFが有しているという信頼感を高め、金融市場の混乱に対する新興市場国の抵抗力を強めることになり、国際市場の安定に大きく貢献するものだなどと答弁した。

日本のマスコミは、G20の雰囲気に流されることなく、もっとよく調べて評価してほしいものです。評価している海外の首脳もいるのだから。


【英首相、日本のIMF支援を評価=麻生首相と会談

[ワシントン14日時事]

麻生太郎首相は14日午後(日本時間15日未明)、金融サミット開幕に先立ち、ワシントンの英国大使公邸でブラウン英首相と会談した。国際通貨基金(IMF)強化のため最大1000億ドル(約10兆円)を資金拠出する日本の支援策について、ブラウン首相は「立派な政策だ。産油国やその他の国も同様の貢献をしてほしい」と評価した。

麻生首相は「ドル基軸体制の堅持と自由主義市場の範囲内での金融規制強化が必要だ」と表明。ブラウン首相は「同感だ」と応じた。

一方、ブラウン首相は、アフガニスタンでのテロとの戦いに関し「引き続き協力を求めたい」と述べ、インド洋での海上自衛隊の給油活動継続に期待を示した。(了)

                                        (2008/11/15-10:12)】

では、なぜよい仕事なのか。


批判:

10兆円なんて金どこにあるのか?
なぜIMFにあげるのか?
IMFに貸した金は返ってくるのか?
そんな金あるんなら国内の景気対策しろ!

答え:

すでにある外貨準備高(ほとんどが米国債)の1000億ドルで10%ぐらい。
あげるんじゃありません。貸すのです。利子付きで返ってきます。
二国間融資よりは遥かに安全で、10年前、経済危機の韓国(IMFには完済)に貸した金はいまだ未回収です。IMFの実質の取立屋は、怖いアメリカ。きっちり取り立てます。
円高の今、ドル→円に換えるだけで大損する。更に米国債を売る→ドル売り円買い→さらなる円高ドル安→日本のトヨタ・松下始め輸出企業が瀕死状態になる。世界の為替相場も混乱して世界中から非難の荒らし。日本でも失業者があふれることでしょう。


むしろ、IMFに10兆円追加融資は、世界の金融不安を止めるような働きがあったことを発見し、動かしようの無かった金に利子が付いたり、為替を安定させる為にどうしても必要だったり、新興国から必ず返済されるとは言い難いが、感謝されたりした方が良くないでしょうか。

マスコミは、麻生首相の政治を、正当に評価しなければならない。

「永遠の法」



地上を去った人間は最初に天使の活躍を感じます。

光まばゆい魂-そうした人たちが来ます。

キリスト教系の人に対しては、羽の生えた天使のような姿で現われることもありますし

仏教系の人に対しては、お坊さんのような姿で現われることもあります。

また、神道系の人たちに対しては、神主のような姿で現われることがあります。

どのような天使、高級霊であっても、その姿は光輝いており、まばゆい後光がさしています。

その姿を見て、それまで仏神を信じなかった人であっても

「仏様」「神様」と、あわてて手を合わせる格好をします。

それは、高級諸霊、仏神の存在というものを、人間は本能的に信じているからです。


                                         (第一章 四次元の世界)

「太陽の法」

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『太陽の法』-エル・カンターレへの道 大川隆法著

「この四百億年前の三次元宇宙空間の出現以来、各星雲、各太陽系で
宇宙創造の進度は異なります。銀河系のなかでも、わが太陽系が
三次元宇宙空間に出現したのは、約百億年前です。

                             (第一章 太陽の昇る時)


「かくして、愛の発展段階には、努力以前の四次元の「本能の愛」のあと
「愛する愛」「生かす愛」「許す愛」「存在の愛」という努力の対象となる愛が
あって、最後に、人間心を超えた「神の愛」があるのです。

                                (第三章 愛の大河)


救世の法三部作(『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』)によって世界の平和共存が始まる。

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